路地裏
  「現実前夜」番外編


 君に出会えた


 生まれてから、死ぬまで自分は農奴でしかない。
 日が昇る前から起きて、日が沈んでからしばらくしないと寝れない生活。
 食事は一日一回、質素なもの。
 仕事をすこしでも休もうものなら、鞭がうねる。
 体が疲れているのに、空腹で眠ることができない。
 ここでは、自分という存在を忘れそうになる。
 ただ、空腹を満たすことと暴力を受けないことだけに無心になってしまう。
 それだけの器。
 感情は一切無いと。


 ティアトは農奴として生まれて、24年が過ぎた。
 身長が周りの人間に比べて高く、その分余計に貧相な体が目立った。骨に皮がただついているような、痩せこけた体。
 或る日、空腹で寝付くことができなかった。
 寝ようとしても、寝ようとしても空洞の腹が音をたてる。周りで寝てい農奴を起こしてしまうと思い、外に出る。
 そういえば、誰かが草を食べれば空腹が満たされると、言っていた気がする。
 どの草なら食べられるのだろうと、適当に綺麗なある程度幅のある草をちぎって口に含む。少しの水分と苦味が口に広がる。食べられないことはないと、夢中になって草をちぎっては口に含み胃に流し込む。
「…っぐ」
 腹がくるくるとなって胃から何かが逆流して口から出る。こみ上げてくるものを堪えきれずに、ティアトは地面に吐いた。
 吐くだけ吐いて溜め息混じりに、夜空を見上げると星が眩しいくらいに輝いていた。
 あまりにも綺麗な紺色の空に輝く幾千もの星が、やさしすぎてティアトは泣けてきた。
 あまりにも、自分が小さな生き物のように思えた。
 実際、自分の存在はあまりにもちっぽけで、自分の存在は世界になんにも影響を与えない。自分にも、他人にも。
 涙が頬を伝う。
 こんなにも、感情も温かさも持っているのに、それは誰にも伝わらない。
 お腹も減った、身体に力も入らない。
「…っひ…」
 もう嫌なんだ。
 もう耐え切れないんだ。
 周りに沢山人がいるのに、皆が生きているように感じられない。
 自分も、生きているように思えない。
 生きているのに。
 喜びもなく、ただ労働の日々。
 生きているのに。
 感情もあるのに。
 握り締めた草が地にはらりと落ちる。

――あの、乾いた表情

 何かに駆り立てられたように、ティアトは駆け出した。
 リィアート第3王朝に背を向け、隣国バーミヤン帝国を目指して。
棒切れのような足を必死に動かして走る。
 足をもつらせながら、それでも足を止めない。
 もう嫌なんだ。
 笑いたいんだ。
 幸せになりたいんだ。
 何もかもから解き放たれて。

――あの罪からも

 自分の荒い息と、大きな鼓動の音を痛いくらいに感じる。
 汗と涙が頬を伝う。
 もう少しで農奴の自分から解放される。

 全てを捨てて、何かを手に入れられるだろうか。
 逃げた先に何があるか分からないけど
 もう…


 そして、自分はヴェチカに出会えた。
 あの路地裏で。

 ヴェチカの雰囲気は太陽のようだったけれど、自分を抱きしめる時はあの日の星空のようだった。
自分の全てを包み込んで、切なくさせた。





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第一話の前の話。「路地裏」でした。
ちらっと出てきたティアトの罪については「現実前夜」の第2部で明らかになります。「現実前夜」は2部構成になっているのです。
ティアトはへたれ野郎ですが、想いは誰よりも強いです。
想いだけじゃどうにもならないけど、大器晩成タイプでその内開花するタイプ。想いを行動に起こせる日はいつかくるはずです。まあ、それが第2部なわけですが。





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